芸能

居酒屋店長時代に励まされた西城秀樹さんのYANG MANに感謝を込めて

西城秀樹さんが63歳と言う若さで、5月16日の夜遅くに亡くなりました。

 

急性心不全だったそうです。

 

私は特に西城秀樹さんの大ファンというわけではありませんが、西城さんの曲に忘れられない思い出があります。

 

この訃報を聞いて、その頃のことを思い出し、その曲にとても感謝すると共に、2度の脳梗塞にも諦めない強い姿勢で闘っていた西城さんの突然の逝去をとても悲しく思いました。

 

今日は「YANG MAN」に励まされた居酒屋店長時代のことを思い出すままに綴ってみたいと思います。

 

広島出身の大スター!誰よりも西城秀樹!

こんにちは。たま子です。

 

西城秀樹さんの本名は「木本龍雄(きもとたつお)」さんというそうです。

 

私がもう小学校に上がった頃には既に大スターでしたが、本名は今回初めてヤフーニュースを見て知りました。

 

なんと、西城さんはうちのダーリンと同じ広島出身!

 

「広島では、郷ひろみでもなく、野口五郎でもなく、誰もが西城秀樹のファンだった!」と、うちの旦那さまが教えてくれました(^^)

 

1974年には、「寺内貫太郎一家」というドラマに長男役でレギュラー出演されていて、寺内貫太郎(お父さん)役の小林亜星さんと大喧嘩をするシーンは今でもよく覚えています。

そのシーンで西城秀樹さんは骨折をしたと言うことですから、人気アイドルでありながら、本気の体当たりの演技だったのだと思います。

 

きっとあのドラマでさらに多くのファンを増やしたんじゃないかなと思います。

 

私的には、このドラマの中で沢田研二のポスターに向かって「ジュリ~♡」と身もだえる樹木希林(当時は悠木千帆)さんが大好きでした。

 

西城さんには、たくさんのヒット曲がありますが、私が一番思い出に残っている曲が

「ヤングマン」です。

 

昭和生まれの人ならみんな「Y・M・C・A」の4文字を頭の上で作る振り付けをやったことがあるんじゃないでしょうか。

 

「ヤングマン」は「ザ・ベストテン」で9週連続1位で、番組最高得点の 9,999点も記録この記録は、後に他の誰も獲得できなかったそうです。

辛かった居酒屋店長時代に元気をくれた曲

なぜ、この「ヤングマン」が忘れられない曲かというと、タイトル通り、私が7~8年前に居酒屋の店長をやっていた頃の思い出の曲だからです。

 

その居酒屋はチェーン店ではありませんが、似たような店をいくつも出店・運営している会社が、私が入社する半年ほど前に出した割と新しい店でした。

 

その会社は、割と店長に何でも任せてくれるというか、店長が自分でこんな店にしたいと提案したり、いろんなイベントを考えて、お客さんに楽しんでもらえるようなお店作りを各店で考えて作り上げるという方針で運営していました。

 

でも、その分、店長になってからは特に、仕事をやってもやっても追いつかないくらいで、楽しい店を作ってお客さんが増えるのは嬉しいのですが、その分だけ体は悲鳴を上げていました。

 

おまけに、前任の店長や料理長から嫌味を言われたり、嫌がらせをされたこともあり、精神的にもかなり参っていたと思います。

 

今振り返ってみても、あの時は精神的にも体力的にもギリギリでした。

 

お店が朝の5時まで営業していたので、遅番の時は朝の8時くらいまで店の片付けをして、その日の12時にはまたお店に来てミーティング、と言うようなシフトの時もありました。

 

もともと体が丈夫ではなく、既に40歳を超えていた私には本当に苦行の毎日でした。

 

それでもお店のお客さんたちのことは大好きで、お客さんたちに喜んでもらいたくて、お店を盛り上げたくて、私が店長になって1年程たったある日、そのお店の2周年の記念のイベントを行おうと、「お客さん全員とじゃんけん大会!」という企画をたてました。

 

その時BGMとして何か元気になるような、明るくハッピーな曲をと選んだのが

「ヤングマン」

でした。

 

 

「ヤングマン」のおかげでイベントは大盛況に終わりました。

 

お客さんやお店を盛り上げるために選んだ「ヤングマン」ですが、今思えば、私自身が1番あの曲に励まされ、助けられたように思います。

 

本当に毎日が忙しく、体力的に辛い思いをしながらやっていた仕事で、経験も浅く、自信もなく、どうしたら喜んでもらえるのか、どうしたら「良い店」と言ってもらえるのか、いつも迷いながら仕事をしていました。

 

2周年のイベントの時も、ドキドキしながら「ヤングマン」を店内に流し、「さあ、いよいよ始まりました!2周年記念、大じゃんけん大会~~~!!!」と小さな店で叫んでいた私を元気づけ、勇気づけ、イベントを大いに盛り上げて、大成功へ導いてくれたこの曲

 

「ヤングマン」を選んで本当に良かったと思ったのを今でも覚えています。

(たった今思い出しましたが、悩んでいた私に「ヤングマンにすれば?」とアドバイスしてくれたのは西城さんと同じ広島出身のうちのダーリンでした♡)

西城さんへの感謝に変えて

 

今日、西城秀樹さんの死去のニュースを目にして、すぐにあの居酒屋でのイベントのことを思い出しました。

 

西城秀樹さんは2003年と2011年に、2度の脳梗塞を経験し、右半身に麻痺が残ったままコンサートを続けていたと言うことです。

 

私も以前、激しく動くことができない状況のまま「ヤングマン」を歌い踊る西城秀樹さんの映像を目にしたことがあります。

 

その時はとても衝撃を受けましたし、その姿を見たファンにとってはどんな思いなんだろうと考えたりもしましたが、西城秀樹さんのあの闘う姿は、本当に多くの人に勇気を与えたのではないかと思います。

 

私は特に、西城さんの大ファンと言うわけではありませんでしたが、今日は私のこの小さな思い出を記しておきたくてブログを書くことにしました。

 

あのイベントの時、私の背中を押してくれた「ヤングマン」への感謝に変えて。

 

素晴らしい歌を、本当にありがとうございました。

 

西城秀樹さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 

今日もお付き合いいただきありがとうございました。

たま子